熊野三山の最後の1カ所、熊野速玉大社です。
雨は相変わらず降ったりやんだりで、傘が必要なほどだった。
朱色の神門をくぐると一段と鮮やかな拝殿が目に飛び込んできます。
向かって左から第一殿、第二殿、摂社の奥御前三神殿、第三殿・第四殿・
神倉宮の三社相殿(あいどの)、第五殿から第十二殿までの八社相殿と並んでいます。
もともと、結(夫須美、むすび)・早玉(速玉)の2神を祀っていてそれが3柱の神を祀る
ようになり、現在の現在の十二社殿並立となりました。
ここで感じたのは空っぽさと、ヴェールがかかったような感じ。
視界がクリアーではないのです。
もちろん神気というものも感じられない。
そしてご挨拶をしようと拝殿へ向かって歩き出すと
「偽りである」という声が飛び込んできた。
思わず足を止め周りを見回したが反響音のように聞こえその発信源がわからない。
し考え、感じる場所だけに行こうと決めた。
その場所は「新宮神社」
ご挨拶をしてしばらくその場所に立っていると、相方がやってきて、
相方「ここはどう?」
香穂「ここは神々はいないね・・・・それにオブラートに包まれた感じでクリアーじゃないよ」
「何故かはわからない・・・・それと偽りだっていう声が聞こえる」
「わからない事だらけだよ」
相方「ここは神々と人を結ぶ場所で、伝令的な役割があるんじゃないかな」
「だから、いわゆる神々ではないよね」
「それと、神気の存在を感じるとすると、この新宮神社だけだね」
香穂「なるほどね・・・・これは持ち帰ってもう一度視てみるよ」
疑問を残しつつもですが、ここにある気はとても薄い。
信仰心の問題なのか、それ以外に理由があるのか・・・
ご神木の「梛(ナギ)の木」
ナギは凪に通じることから、家内安全のお守りとされています。
速玉大社は、熊野信仰の原点である神倉山(かみくらやま)の山頂のゴトビキ岩という磐座を
御神体として祀ってきた。
後に、現在の社地に社殿を造営して、神々を遷座(せんざ)し、神倉山の元宮に対し、
ここを新宮と呼ぶようになったと云われています。
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