春ごろに伺った神社さんです。
今回は鑑定士さんのRさんのご希望で「日本武尊」
にまつわる神社に行く事になりました。
私自身は日本武尊に関する神社とか調べたことはあまり
なく、ちょっと新鮮でした。
で、色々調べていると「三重県」にそういった神社さんがあると
いう事がわかり伺ってきました。
「三重県」の由来に
『古事記』に記されたヤマトタケルノミコトの言葉。
ヤマトタケルは東方遠征の際、現在でいう桑名市から鈴鹿市に向かっていたところ、
四日市市付近で疲れ果て、『吾が足は三重の勾がりの如くして甚だ疲れたり』
と嘆いたそうです。
続けて『故、其地を號(なづ)けて三重と謂ふ』と語り、三重という地名が生まれた。
という云い伝えもあるそうです。
倭(やまと)は 国のまほろば
たたなづく 青垣
山隠(こも)れる 倭し美(うるは)し
この歌は、尊が亡くなられる前鈴鹿の山々を眺めながら故郷を偲んだ歌、
いわゆる「国偲びの歌」とよばれるものです。
尊の亡くなられたところが、本殿北西にある「白鳥塚」(白鳥御陵)です。
この白鳥塚のそばに、尊が亡くなる時に持っていた形見の「笠」と「杖」を
お祀りしたのが、加佐登神社の始まりと伝えられています。
この日は雲一つない晴天で、清々しい!と言うより「暑い・・・」と感じました。
この辺りは個人的に好きでした。
日本武尊さんが本堂の中と外にいらっしゃいました。
ふと思ったのです。
神話の世界でもやはり「戦い」というのはつきもので、勝者が残り敗者が消える。
これはどの世界でもある意味変わらない事なんだなぁ・・・
ちょっとした立ち位置だったり、思想だったりで色々変わるのでしょうが。
今回は日本武尊の終焉の地である場所という事で伺いました。
今回は案内役という事で、私自身としましては深く視る事はせず、神社仏閣
巡りをしておりました。
(三重県の旅 ②)に続く
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